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吉良サミット [歴史雑話]

毎年12月になると忠臣蔵が放映されます。

浅野内匠頭が善で、吉良上野介義央が悪みたいなステレオタイプの図式でしたが、近年ではその評価もみなおされつつあります。

忠臣蔵とは言わず赤穂事件と呼ぶ人も多いです。

その流れか、吉良サミットが開催されます。
吉良サミットとは、吉良氏から見た赤穂事件を見直そうということで、吉良氏ゆかりの自治体である米沢市長、西尾市長、一関市長、諏訪市長が集まるものです。

米沢市の上杉氏は吉良氏とは特に関係が深く、吉良上野介の妻は上杉綱勝の妹富子であり、その子どもが上杉氏に養子に行っていて、さらに上杉氏から吉良氏に養子に来ています。
討ち入りの際に上杉家から付き人が来ていたとかかれるのはこのためです。

吉良上野介の領地吉良町は今は合併して西尾市になっています。
諏訪市は上野介の養子に入った義周は諏訪で没しています。

一関市は田村藩がありました。
赤穂事件のときに浅野内匠頭が切腹したのは田村藩邸でした。
このときは座敷ではなく庭先で切腹させたために、田村藩は赤穂方からはあまり人気がありません。
一関は忠臣蔵ゆかりというものの、どちらかというと負のイメージです。


吉良サミット
日 時 2014年12月6日(土) 15時00分~
場 所 伝国の社置賜文化ホール(山形県米沢市丸の内1-2-1)
定 員 350名
参加費 無料
内 容
〈基調講演〉
「忠臣蔵の真実」林知左子氏(西尾市岩瀬文庫)
パネルディスカッション
パネリスト
米沢市長、西尾市長、一関市長、諏訪市長
コーディネーター 角屋由美子氏(上杉博物館)
問合せ
米沢市秘書広報課
℡0238-22-5111

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松の廊下の刃傷事件

シンポジウム「勝連城跡の持続可能な活用と保存を考える」 [お城情報]

お城のイベントです。

沖縄県での開催は珍しいです。


シンポジウム「勝連城跡の持続可能な活用と保存を考える」
日 時 2014年12月4日(木) 18時30分~
場 所 うるま市民芸術劇場 燈ホール(沖縄県うるま市字仲嶺175)
定 員 300名(要申込)
参加費 無料
内 容
〈基調講演〉   
○演 題:「勝連城跡の構造と特徴」當眞嗣一氏(グスク研究所主宰) 
〈報 告〉
○報告① 「勝連城跡の最新の発掘成果について」 うるま市教育員会 文化課:横尾昌樹氏
○報告② 「勝連城跡を活用した観光とその可能性について」  うるま市商工観光課:目取真康裕氏
○報告③ 「勝連城跡周辺整備計画と南風原集落の景観まちづくりについて」うるま市都市計画課:大石根淳氏、久高唯樹氏
問合せ
うるま市教育委員会
℡098-973-4400  
 

足助城 その3 [お城踏査]

愛知県豊田市の足助城の続きです。

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いよいよ本丸です。

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本丸には高櫓と長屋が復元されています。

高櫓は後の城の天守に相当する櫓です。

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長屋の内部です。
倉庫みたいになっていました。

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高櫓です。
二重櫓で木造で建てられました。
屋根は板葺きでした。

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平面図です。
中はいくつかの部屋に分かれていました。

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本丸の発掘図面です。

建物跡は見つかっていますが、礎石建物ではなく、掘立柱建物でした。

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1階内部です。
高くなっている部分は城主が座るためです。

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壁には火縄銃が架けてありました。
もちろんレプリカです。

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高櫓にはトイレが作られていました。
櫓内にトイレがある建物は少ないです。
本当にあったのでしょうか。

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二階です。
天井が張られています。
御殿はともかく、櫓で天井があるのは珍しい。
居住性があると判断して復元したのでしょうか。

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二階には畳が敷かれています。
櫓で畳があった櫓は珍しいです。
近世城郭では、津山城の備中櫓や姫路城の西の丸化粧櫓は畳が敷かれていましたが、御殿として使われているためで、中世城郭ではどうなのでしょうか。

木造ですが、材木もきれいに削られていて現代工法で復元されています。

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櫓の中にボランティアガイドさんがいて説明をしてくれます。
しかし、その説明を聞いていてびっくりしました。

上の写真は二階の壁の板ですが、一部が外れて中に入れるようになっています。
来客があった場合には、この中に忍者が隠れていて、客の話を盗み聞きしていたというのです。
そこで敵対するようなことを言っていたら、帰さずに暗殺したみたいな説明をしてくれました。
二条城の武者隠しではあるまいに、こんな屋根裏部屋みたいなところに隠れるはずがなく、そもそも柱穴しかない建物の上部構造を復元する際にこのようなことがわかりようもないのです。
また、足助城は詰城で、居館は足助町の今の県事務所が居館であったとも言っていました。
そこは江戸時代の陣屋の跡で足助城とは何の関係もありません。

あまりのデタラメぶりの説明に驚きました。
そもそも高櫓があったかどうかも分からないのです。
柱穴だけでは、一階か二階かはわかりません。

また、2人で行ったのにパンフレットは一枚しかもらえませんでした。
在庫がないので1組に一部というのです。
別々に入場料も払っているのです。

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二階への階段です。

かなり急です。

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本丸から見た西の丸です。

紅葉がきれいです。

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高櫓です。

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雨落ち溝です。

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高櫓の1階の窓です。

出格子になっていました。

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南物見台から見た本丸です。

紅葉がきれいでした。

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陶板の足助城図面です。

(終わり)






足助城 その2 [お城踏査]

足助城の続きです。
愛知県豊田市足助町にある山城です。

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建物が復元されています。

門は突揚戸になっています。
中は南の丸です。

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南の丸には建物が3棟復元されています。
厨です。

後ろは物見台です。

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厨の内部です。
囲炉裏がありました。

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平面図です。

これらの建物は発掘調査の成果に基づいて復元されています。

足助城は中世城郭復元のモデルケースとも言われています。

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もう1棟の厨です。
少し小さめです。

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同じく内部です。
こちらも囲炉裏がありました。

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内から見た城門です。

あまりに簡易すぎてすぐに突破されそうです。

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本丸と南物見台の間の堀切です。

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南物見台です。
本丸から見たところです。

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南物見台から見た南の丸です。

建物の屋根には石が載っています。
もちろん瓦葺ではありません。

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足助城の図面です。

比較的大きな城でした。

(続く)


足助城@愛知県豊田市 [お城踏査]

足助城は愛知県豊田市足助町にあった中世城郭です。

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足助城は真弓山城ともよばれ、標高301メートルの山に築かれています。
南の丸です。

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西の丸です。
奥の建物は物見櫓です。

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櫓は復元されたものです。
櫓は二階ですが、上には上がれません。

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櫓の復元図です。
発掘調査の成果による想像図です。

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物見櫓と板塀です。

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西の丸からみた本丸です。
紅葉がとてもきれいです。

足助城のある足助町は紅葉の名所です。
香嵐渓のすぐ隣の山です。

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足助城からみた飯盛山です。
飯盛山にも飯盛山城という山城が築かれていました。
紅葉の名所です。

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南物見台から見た本丸です。
紅葉がみごとです。

香嵐渓が紅葉の観光客でごった返していますが、すぐとなりの足助城は閑散としていました。
紅葉の穴場です。

(続く)

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